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東京地方裁判所 昭和34年(むのイ)576号 判決

被疑者 鈴木孝明

決  定

(申立人氏名略)

鈴木孝明に対する公務執行妨害被疑事件につき、東京地方裁判所裁判官篠清が昭和三十四年八月二十五日になした勾留理由開示請求却下の裁判に対し、右の者から適法な準抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件準抗告を棄却する。

理由

本件準抗告申立の趣旨並びにその理由は、昭和三十四年八月二十六日付申立人代理人弁護士久保田昭夫他四名の「準抗告申立書」と題する書面に記載してあるとおりであるから、ここにこれを引用する。

よつて考察するに勾留理由開示の制度は、憲法第三十四条後段の規定に基き、勾留の形式により拘禁された被告人又は被疑者の拘禁の理由を公開の法廷で開示する制度であつて、不当に奪われている人身の自由の回復救済を直接の目的とする人身保護法の制度とは、必ずしもその軌を一にするものではないと解すべきところ、右憲法第三十四条後段はその請求権者の範囲について何ら規定せず、その範囲はすべてこれを関係法令の規定に委ねていると考えられるのであるが、これを受けた刑事訴訟法第八十二条第二項が勾留されている被告人又は被疑者のほか、その「弁護人、法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族、兄弟姉妹その他利害関係人」も勾留理由開示の請求をすることができる旨規定している法意から推して考えると、右にいわゆる「利害関係人」とは、被告人又は被疑者が勾留されることについて身分的関係又はこれに類する直接かつ具体的な利害関係を有する者を指称するものと解するのが相当であり、これを弁護人主張の如く、能う限り広く解して「社会的身分関係ないし被疑事実に対する関係等において直接間接の利害関係ある者」をすべて含むとするのは、なんらの利害関係を有しない者以外はすべて利害関係人であるというにも等しいものであつて、前示勾留理由開示制度の本旨に照らし妥当な解釈とは認め難い。従つて、単に申立人が被疑者の所属する全金東京地方本部成光電機支部組合の執行委員長であり、かつ被疑者に対する本件勾留の基礎となつた被疑事実が、右組合の労働争議中に発生したものであるからといつて、単にこれだけの理由を以てしては、未だ必ずしも申立人を前記法条にいわゆる「利害関係人」に該当するものということはできない。従つてこれと同旨の理由を以て本件申立人の勾留理由開示の請求を不適法として却下した原裁判は相当と認められるから、刑事訴訟法第四百三十二条、第四百二十六条第一項に則り、本件準抗告申立はこれを棄却することとする。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 樋口勝 柳瀬隆次 小林充)

準抗告申立書

(被疑者・請求人・代理人氏名略)

東京地方裁判所 御中

申立の趣旨

請求人の請求を却下する右の決定は取消す。

申立の理由

一、被疑者は、本年八月十八日豊島区堀之内一九九番地所在成光電機工業株式会社における仮処分に際し、執行吏の公務の執行を妨害した、との被疑事実で逮捕され、八月二十二日裁判官篠清の発した勾留令状によつて、現在勾留中である。請求人は被疑者の所属する全金成光電機支部の委員長として、右同日勾留理由の開示を請求したところ、同裁判官は請求人が、被疑者と利害関係を有しないとの理由でこれを却下した。

二、然し乍ら右決定は、刑事訴訟法第八二条第二項の解釈を誤つた違法がある。

そもそも勾留理由開示請求制度は直接的には、憲法第三四条後段の規定に基き認められるものである。憲法自体には、その請求権者の範囲を明確に規定していないが、英文ではupon demend of any person must be...............となつており、明らかに何人をも勾留理由の開示を要求する権利を有していることを、憲法自体予定しているものといわねばならない、従つて請求権者の範囲を法定した刑訴八二条第二項の解釈にあたつても右の如き憲法の精神を尊重しなければならないことは当然である。即ち、憲法は少くとも能う限り、広く、これが権利を認めることを意識しているのであるから、八二条第二項の解釈(具体的には利害関係人の解釈)においても故らに利害関係人を制限的に解釈することは許されないというべきである。東京地方裁判所の過去数件の取扱いにおいても、利害関係人の範囲につき争いがなかつたことも結局において右裁判所裁判官において利害関係人の範囲をなるべく拡大的に解釈されたからこそ、上訴の方式による争いがなかつたということができる。

三、これらの観点にたつならば、利害関係人とは単に被疑者との血縁関係に限らず、社会的身分関係乃至被疑事実に対する関係等において直接、間接の利害関係がある者をも含めると解すべきである。例えば内縁の妻と夫、後見人と被後見人、雇傭関係にある雇傭者と被傭者、法人その他団体における一人の役員と他の役員は何れもそれのみの理由によつて、本来的に利害関係があるものといえよう。被疑事実の関係でみれば被傭者の業務中の犯罪については雇傭者、団体的犯罪にあつては団体構成員と、その機関構成員らは何れも犯罪事実との関係から、利害関係があるといわねばならない。

四、ところで被疑者は成光電機支部の組合員で請求人はその執行委員長として組合を代表する者である。本件の被疑事実は昭和三十四年四月以来の争議に関して発生したものであるが、組合は会社に対し団体交渉の応諾を求める仮処分を申請し、会社は組合に対し製品搬出妨害禁止の仮処分(後に立入禁止を追加)を申請し東京地裁において係争中であつたが、昭和三十四年八月十二日後者について仮処分決定がなされたがその債務名義に表示された債務者は組合である。一般に争議の戦術として日本の如く企業組合の場合には、団体権の擁護のために工場内のシツトダウン戦術がとられるがその場合、このシツトダウンを無意味にする物品の搬出、第三者の就労等は争議に決定的影響を与えることは勿論で、これにいかに対処するかは組合及びその構成員、共同斗争労働組合にとつて最大関心事である。

これを本件についてみるに、勾留状自体に明らかなように、労使間に争議が発生し、組合が工場の占拠を続けていたが、右に対し、会社は仮処分の決定を執行しようとし、その執行を阻止するという形において本件事件が発生したもので、阻止行為自体、組合活動そのものといわねばならない。被疑事実自体において、労働組合という団体による共謀という表現は、なされていないが、然し「他数十名と共謀の上……企て」というのは明らかに労働組合の構成全体を意識しているものということができるのである。

五、かくの如く労働組合の活動――組合業務の執行――にあたつて、それが違法とされ、その行為者が勾留されている場合、その被疑者と、その所属する組合の代表者との間に利害関係があるものといわねばならない。

然るに原決定が、請求人の本件請求を却下したのは、違法であるので、その取消を求める次第である。

以上

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